【2014年2月15日機関紙巻頭】

                          花は土に咲く

                  ――沖縄(伊江島)に「平和のバラ」を――

                                 2014年2月15日 <のむぎ>代表 樋口義博

 

    殺し合いではなく助け合う
    
    奪い合いではなく譲り合う。

   
   いじめるのではなく教えあう。

   それが実行できたとき、真の幸せが生まれてくる。


私たちの平和運動は、ただ沖縄から米軍基地をなくしただけではやめられません。
地球上のすべての国に日本の平和憲法を適用して、地球上からすべての武器をなくし、そして地球上の生きものがすべての資源や富を、平等にバランスよく分け合うようにすること。そしてすべての人が能力に応じて働き、必要に応じて感謝の気持ちで受け取れる社会が築きあがるまでは、この平和運動はやめられません。

 

 これは、沖縄の戦後史の中で、自分の土地を力づく(銃剣とブルトーザー)で取り上げられたのに反対し、非暴力で闘った反戦農民、沖縄のガンジーといわれた阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)さんが生前、私たちに残した言葉です。(阿波根さんは、2002年3月21日永眠。私の人生に大きな影響を与えてくださった人として今でも心に焼きついています)

 

●心にズシンとくる阿波根さんの言葉

   今の日本、ここのところ戦争への道を準備する急速な危険な動きが感じられてなりません。

昨年末には、各界の強い反対の声をふりきって、戦前の治安維持法にも匹敵する国民の目・耳・口をふさぐ「秘密保護法」が国会で強行採決されました。さらに、現憲法下での「集団的自衛権」の拡大解釈。オスプレイ配備と米海兵隊普天間基地の辺野古移設を理由とした新基地押し付けによる日米同盟の強化。さらには、安倍首相の靖国参拝や平和と民主主義の教育の破壊。そして、「国防軍」を盛り込んだ憲法9条(戦争・戦力の放棄)の改悪まで企図されるなど、目白押しに戦争の亡霊がちらつきはじめているような気がしてなりません。平和にとって、大変危険な動きです。

こんな今だからこそ、私には阿波根さんの言葉がかけがえのない大きな価値あるものとして心にズシンと響いてきます。

●阿波根さんとの出会い

   阿波根さんは、米軍の土地取り上げ反対闘争の先頭に立ち、そのたたかいは、沖縄の島ぐるみ闘争の導火線となりました。阿波根さんは、沖縄の戦後史を形づくった、まさに「沖縄の心」ともいうべき人。沖縄の本土復帰前の1969年に製作上映された「劇映画・沖縄」(第一部)のモデルになった人でもあります。<のむぎ>の若者たちに多大な影響を与えました。

   <のむぎ>の高等部の若者たちは、三年目の卒業前、平和学習のしめくくりとして<沖縄ピースボートトリップ>を行なってきました。その名の通り、往きは船の旅で、

  二日間かけて徐々に暖かくなる南の島へ距離を実感して向かいます。

   沖縄では約二週間、ビーチにテントを張り、潮の音で目覚めたり、夜中に一キロも潮が引くときに、村人の真似をしてタコ取りに励み、取ってきたタコを調理して食べたりします。

そして、沖縄戦の跡をたどって追体験をし、あまりの事実に我が目を疑い、胸にズシリとくる証言に、しばし茫然とし、ショックを受けます。更に、毎夜遅くまで、ビーチで潮騒の音を聞きながら、スタディ・ミーティングをするのです。

   トリップの最後には伊江島にわたり、阿波根昌鴻さんにお会いして、その静かな力強いハッキリとした語りを聞くのです。若者たちは戦跡を訪ねて、心が重くなっているのですが、阿波根さんにお会いすると心がやわらぎ、63歳で哲学や経済学を学びに東京に出てきた話に、自分だってできるかもしれない、と思うのです。そして、「のむぎのあなた方とワタシは仲間です。共にがんばりましょう」の声はまさに天の声。勇気が沸いて、感激の涙が出てしまう若者もいます。

●「平和のバラ」との出会いへ

<のむぎ>の若者たちは、その後、尊敬と親しみを込めて阿波根さんのことを“沖縄のおじい”と呼ぶようになりました。(今は、謝花悦子(じゃはなえつこ)さんというとっても素敵な“沖縄のおばあ”が阿波根さんの遺志を継いでがんばっており、私たちとの付き合いが続いています)

   <のむぎ>の若者たちは、阿波根さんとの出会いを通して平和運動を行なうに至り、そして<のむぎ平和太鼓>をつくり、阿波根さんの前(やすらぎの家)で演奏も行ない、その延長線上で<平和のバラ>にも出会い、<のむぎ平和のバラ園>の開設にもつながっていきます。

●花は土に咲く―伊江島に平和のバラを

   生前、阿波根さんのもとに私たちが育てていた<平和のバラ>(アンネ・カズエ・ピース)の切花を私の妻が贈ったことがありました。阿波根さんは大変喜び、散った花びらも捨てるようなことは決してせず、いつまでも大切に飾っていたとのお話を後で聞き、深い感動を覚えたのを思い出します。

阿波根さんは、私たちが<平和のバラ>を育てているのを大変高く評価してくださっていました。きっと、阿波根さんは、伊江島にも<平和のバラ>が咲くのを夢見ていたような気がしてなりません。

   阿波根さんの言葉の中に「花は土に咲く」という言葉があります。この言葉は、戦争を憎み、花をいつくしみ続けた阿波根さんの心(ヌチドウタカラ=命こそ宝)そのものでもあるような気がしてなりません。

   私たちは、今の日本における戦争準備の危険な動きの中、沖縄に次いで日本で2番目に米軍基地が多い神奈川県と沖縄との連帯の意味を込めて、<平和のバラ>を伊江島に植樹することが、平和のための活動にとって大きな意義があるとの考えにいたりました。

私たちは、この<平和のバラ>の植樹は、阿波根さんの言う平和運動の中の価値ある大きなひとつになると思っています。

まさに、花は土に咲く!

2014年3月10日
1944年(昭和19年) 群馬県生まれ

東京女子体育大学卒業、文教大学付属高校体育教師として6年間勤務。
退職後、体操教室、幼児教室主催。
1980年(昭和55年)義博氏と再婚し「のむぎ地域教育文化センター」を義博氏と発足。O.C.S高等部を開校、現在OCS副校長、保・幼部「どろん子」園長。発達障害、非行、不登校など、生きにくさを感じる子どもの保育・教育等携わる。特に性教育は子ども達の「生きる力」をつける、と位置づけ義博の平和教育と合わせて教育の重要な柱にしている。
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1948年(昭和23年) 長野県生まれ

中央大学卒業、文教大学付属高校社会科教師として21年間勤務。
1991年(平成3年)教師生活にピリオドを打ち、不登校、高校中退、生きる道に迷う若者のための「のむぎO.C.S高等部」を開校。
のむぎ副代表・事務局長  樋口優子
のむぎ代表  樋口義博(ひぐりん)