週2コース
幼児部
保育部
2011年7月11日
のむぎ「どろん子」園長 
樋口優子(ゆう子ばあちゃん)
親子お散歩会の
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どろん子ちゃん
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1944年(昭和19年) 
群馬県生まれ

東京女子体育大学卒業、文教大学付属高校体育教師として6年間勤務。
退職後、体操教室、幼児教室主催。

1980年(昭和55年)義博氏と再婚し「のむぎ地域教育文化センター」を義博氏と発足。

O.C.S高等部を開校、保・幼部「どろん子」園長。
のむぎ著書のご案内
青少年期と乳幼児期の育ちを「発達保障」の立場からみる  

                                              のむぎOCS保・幼部「どろん子」園長 樋口優子

20年間、「乳幼児期」〜「青少年期」までを通した『保育・教育』実践をもとに青少年期からみた乳幼児期の保育について感じていることをまとめてみます。

のむぎは29年前1982年に「新しい地域の教育力の創造」を目指して<のむぎ地域教育文化センター>が創られました。地域で子どもを中心に大人も楽しむイベントをやってきました。

1991年
高校中退者、不登校・「非行」生きる道に迷う若者の受け皿として、のむぎオープンコミュニティースクール(O・C・S)高等部と幼児部を開校

高等部は旅を柱に平和教育を中心に学習をします。人に生きさせてもらうのではなく自らが変革主体となろうという内容の教育目標を持っています。

長い間不登校をしていたり、少年院を出た者、家裁から送られてくる者、挫折を経験し、自信をなくし捨て鉢になっていたり、いわゆる学力がない青年も居ます。

一人では成し遂げられない大きなことを仲間集団で達成することで、自信と次への意欲を持ち、仲間の力を借りて互いに成長発達することをプログラムに入れました。300キロ徒歩の旅、・ヒロシマ・沖縄・秩父・絹の道等、その地域で学び、生活をする人とつながり、人の生きざまから学ぶ学習です。保育は“水と土と太陽のもと、子どもの全面発達を保障する。”を目標とし、自然豊かな環境ではだし・ぞうり・薄着・毎日が遠足のようなお散歩で野山を駆け巡り、畑で生野菜を丸かじりという生活をし、人間(変革主体)としての土台づくりをします。

乳幼児期においては特に人間の基礎、土台をつくるわけですから科学的な発達のみちすじを通してやることを重視します。

青少年期の「非行」や不登校、ひきこもり、等関わってきた中で分かってきたことは、乳幼児期に育ち足りないことがあっても、その後の成長発達を保障する環境があれば、本人自身が気づき自ら成長していくということがわかりました。幼児期、小・中・高の区切りではなく長いスパンで子どもを見ることが出来る様になり「これが出来れば大丈夫」と発達上の見通しを持てるようになりました。

「これが出来れば大丈夫」はのむぎっ子の3つの約束に集約されています。

「のむぎっ子」3つの約束。

@    自分の要求は自分の口で言う-----------------自己決定、自己主張、

A    他人がいやだ、やめて、といったらやめる-----他者を認める

B    男女仲良く---------------------------------男女平等、対等、

  これが通用する集団では、いじめは防げます。

「これが出来れば大丈夫」の内容

人格形成=個の確立=発達のプロセス

@自分の要求を持つ(感じる)〜したい・欲しい、----自分を見つめること。乳幼児は快・不快を感じること                                         

A  
自分の要求を出す(言葉であらわす)----自分の口で言う、「本音」を言う、乳幼児は 大人との関係をもち、体で表現する、言葉を覚える。

B要求を獲得しようとする----自分をも含めて外に働きかける、他者と関る、仲間を求める

C要求を獲得する----達成感を味わう(自信を持つ)    

D要求を広げる----<自分の手で勝ち取る経験をたくさんする>世界を広げる

なんでも要求が通る場合----価値観が身につかないので、発達・成長要求に合わず満足が もてない。そのためにいつもイライラする。自分で考えない。

*要求がいつも通らない場合----いやな思いをしたくないので諦める。

自分で自分の気持ちをつぶす。要求を持たないようになる

  *いづれも自分で自分の要求(気持ち)が分からなくなります。要求を捻じ曲げてだたり(本音が出ない)嘘をつかざるをえない。

発達を保障するには、一人ひとりが大切にされる民主的な異年齢集団が不可欠です。喜びを共感し、互いが成長することで励ましあい共に成長する仲間集団をつくることが発達保障の鍵をにぎります。つまり、個はこれが出来れば、そして個を受け容れる集団があれば、どんな問題も解決に向けて取り組めて、個の発達が保障されるでしょう。

フリースクールをやってきた中で出会う質問に不登校や「非行」にならないために、「乳幼児期の保育」をどうしたらよいか。というのがあります。
質問には“不登校や「非行」にならないための保育”はありません。とお答えします。今は誰が不登校になってもおかしくありません。不登校「非行」ひきこもり等は今の競争社会から生み出された問題が多々あるわけで、個人の育ちや家庭環境が原因で引き起こすものではないからです。原因探しをするよりも発達のどの段階に居るのか、今から何を積み重ねるかなのです。「非行」は成長の芽であるとも捉えられますので成長過程のひとつの出来事でそれを機会に成長させてやればよいのですが、それが出来ない社会環境があります。

不登校・ひきこもりは学校・社会に適応できないのではなく学校・社会が安心して居られる場ではないのを感じて、不登校・引きこもるのです。不登校、ひきこもることで自分を守っているのです。ですから不登校や「非行」にならないための保育という考え方は本来の「発達保障する保育」からすると成り立たないのです。
『子どもを守るとは「社会」の人としてある存在へ子どもたちがたどる過程を支えること。と中西新太郎氏がいうように「たどる過程を支える」というのはまずは科学的な発達のみちすじを通してやることです。
今問題なのは発達のみちすじを通してやれない条件が多すぎることです。問題の根っこにあるのは子どもが大事にされない、福祉、教育が優先課題になっていない政治にあります。今大切なのは各時期(乳幼児期・少年期・青年期)の発達課題を達成する努力をすること

保育の分野では保育理論が確立され実践も豊かで、科学的な発達を保障する取り組みがたくさんあります。しかし、どんなに発達を保障した保育をされたとしても、その次の小・中学生時に出会う集団では発達が十分に保障されず、育つ地域もなく、発達のみちすじを通れないことが多く、子どもが子ども期を満喫して自分らしく育つには相当困難なのです。ルソーの書いた「エミール」の中にこんな言葉があります。
“不確かな未来のために今を犠牲にしてはならない。”
不確かな未来=受験のために子ども期に必要な遊び、経験、仲間集団、を奪ってしまいます。
中学受験は発達(人格形成)の節目の910歳からの塾通い、高校受験は、中学入学から受験体制と部活。仲間と人生を語る世界ではありません。

この2つは丁度思春期の入り口とま只中です。第2の誕生とも言われている人格形成の大事なときに育つのを奪われています。経済優先の競争社会では子どもを餌食にするものが氾濫しています。その中の「子育て」なのです。だから、“子どもを守り、育てる“ことが必要になってきます。
不登校、「非行」引きこもり等は社会的に生み出された問題です。社会的に生み出された問題は社会的に解決することです。
親や保育士、教師が直接子どもと関るだけではなく、問題を生み出す社会を変えていくように自らが変革主体になることが“子どもを守り、育てる“ことになります。

青年期と幼児期の夫々の集団の中での育ち合いを紹介します。
 
 仲間に自己主張をし、自分の要求を獲得し仲間皆で楽しい体験を作った例 

高等部山荘で共同生活をしていた時のことです。15才女子がミーティングに提案をしました。
「夜中のかくれんぼう」をしよう。全員で男女12人ぐらい、不登校・「非行」経験者も暴走族だった子も障碍者もいました。それを聞いた特に男の子達、「えー!そんなものできるかよ」「ガキじゃねえんだよ」他の女子は黙っていて、誰も賛成とは言いません。「やろーよ、山荘の電気全部消してさ、面白いよ。」と誘う彼女に「そんなのやってらんねえから、お前一人でやればー」すると「一人でやったってつまんないよ。」「オレやらねー。やりたいやつらだけでやればいいじゃん」「だめ!皆でやらなくっちゃ面白くないの!」彼女の勢いに、しらけていた空気が少し締まりました。「そんなん面白いかどうかなんてわかんのかよ」「分かるよ、夏の体験学校でここに来て、やったことあるんだもん、」「どこかくれんだよ、隠れるとこなんかないじゃん」「あるよ、天井裏とか地下とか、結構あるんだから。」「服がよごれる」・・・・・・。かなり長い時間のやりとりになりましたが最後は「しかたねーなー、やってやるか、一度だけだぞ!」となりました。「ヤッター!」と素直に喜ぶ彼女のリードで、ルール決めから鬼きめまで進み、夜中まで何回もやりました。後にみんなで遊ぶと楽しいという雰囲気になり、個人の問題もミーティングに出せるようになったのです。

幼児もよくミーティングをします。

年長さんの秋、お泊り会があります。午後から夕食作りの材料を買いに近くのスーパーまで出かけます。カレーを作る話になっていて、出発前には一人一人が何を買うのかリストを作ってリュックを持って出発です。いつもの散歩コースは山に入りますが行くスーパーは途中入らずその先に進みます。5人は嬉しくて足取り軽く歌も出てきます。スーパーについて自分の買うものやお友達の買うもの等をぐるぐる回ってやっと買い終わって最後のカレールーを買う段になりました。買おうとしているルーについてCチャンが「何でカレールーが甘口じゃないの?」と聞きました。「中辛でいいんだよ」「だって私、辛いの食べられないもん。」棚から取ったA君困ってしまいました。すると「私も甘口がいい、」とDちゃん。すると今度はB君「うちはいつも中辛だよ」・・・・。「子どもは甘口って決まってんだよ」「そんなの変だよ」カレールーの前でけんか腰です。そのうちに美佐ちゃん(スタッフ)に促されて床に座ってのミーティング。3対2で甘口少数です。お互いに自分の主張を言い相手を説得しています。そのうち甘口2人の内Dちゃんが「じゃあ私前に中辛食べたことあるからそれでいい。」残ったCちゃん、しばらくしてから「じゃあ私も食べてみる。」と言ってはみたものの不服げです。すると「分かった!、混ぜればいいんじゃないの」と言ったEちゃんの名案に全体ホッとして、長いミーティングにピリオドが打たれました。お金を払って、この日の年長さんだけの秘密のアイスを食べて、ご機嫌で帰ってきました。「のむぎ」のミーティングは多数決は取りません。全員が納得するまで話し合います。

 集団の中で仲間がいて成長する   300キロトリップでのこと

 高等部は 入学して1ヵ月後に300キロを歩いて長野県小谷村へ向けて出発します。

全泊テント・全自炊 徒歩の旅、約25日、根性を養うのが目的ではありません。めったに出来ないことをみんなでやり抜いて自信をつけようというもの。(途中休みの日もあり、休みの日は若者達はパチンコ、のんびり、等々)少し自閉傾向のあるK君 16才 始めはいつも周りの目を気にしておどおどしていました。自分の荷物は背負って、テント・自炊道具等全体の荷物をカートにのせて運びますが押す人は立候補です。自分がやるとは全く言いませんでした。ご飯作りも自分から手を出そうとせず、ついにミーティングに出されました。仲間達は「誰だってつらい、いやだと思う。でも、やらなければトリップは成り立たない」の声にK君はやっと口を開きました。自分がやらなくても進んでいる。自分がやらなくてはいけないとは思わなかった。自分は歩けば良いと思っていた。といいます。「ふざけんなー」。「それなら一人で歩いてよ!」「俺らと離れろ!」とまで言われ、泣いて、帰りたくない、一緒にやりたい。と言いました。なるほど、今までがそういう生活だったのだと分かりました。その後カートも押し、自炊も教えてもらいながらやりました。
トリップに限らず共同生活をしている時には毎日、夜To Day という用紙に 今日一日の感想、何でも(楽しかったこと、つらかったこと、感激したこと、考えたこと、などなど―)を書きます。
トリップ25日間のK君のToday。T日目〜疲れた。2日目〜疲れた。3日目〜疲れた。4日目〜休みだった。5日目〜今日も疲れた。6日目〜雨だった。7日目〜今日は晴れた1言です、幼児でいえば1語文から時々2語文がその後しばらくは続きました。)ところが中盤から後半にかけて変わってきます。

3日目、〜○○とパチンコにいった。15日目、〜今日は暑くなかったので歩きやすかった。19日目、〜与作(犬同伴)に弁当を分けた。終盤になって、21日目、〜今日は休みだったので、○○と××店に行っておいしいものを食べた。ゴールに到着した日は打ち上げと称して、自炊ではなくお店で完歩を祝います。そして感想を出し合います。そのときのK君は、「始めは300キロを歩けるかどうか不安だったけど歩くことが出来てよかったです。」と言ったのでした。
皆に自分の気持ちを伝えたい。「よかったです。」の中身は25日間のいろんな出来事が含まれています。喜怒哀楽がいっぱい詰まった25日間。1言から時々2語文そして状況説明のみから、ついには自分の気持ちを表現したのです。仲間の前に。
それが内なる感動と他者との気持ちを伝え合う積み重ねがこうした感想に現れたのだと思います。  確かな成長がありました。

最後に具体例は紙面の都合で出せませんが、「成長発達の潜在要求」は幼児も青少年も必ずある。現象面はどんなに荒れていても、問題児でも、真っ当に生きたい。みんなに好かれる自分でありたい。何とかなりたい。という気持ちがあります。
それを信頼することです。

大変な子であればあるほど、その思いは強いのです。その気持ちに思いを馳せることが出来るなら、その子との関係をつくって共に成長していけると思います。

ある日のどろん子
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